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アメリカのオーケストラの経営に対する誤解を解く

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アメリカのオーケストラの経営に対する誤解を解く

アメリカのオーケストラは、行政からの助成が占める割合が低く、多くが民間の寄付で賄われているということは広く知られていますが、意外と内容を勘違いしているケースを見るので、まとめてみました。

誤解1:オーケストラの活動は営利に向かないから非営利団体である

アメリカのオーケストラは、非営利団体です(Non Profit Organization)。この非営利というのは、構成員(例えば、株式会社であれば株主、社団であれば人)に利益を分配しないという意味です。

したがって、営利活動に向かないから非営利という認識は違います。事実サンフランシスコ交響楽団は、SFS Media というレーベルを立ち上げて、CDやDVDを制作・販売していますが、この活動はレコード会社と何ら変わらないし、Live in HD で映像を売りまくっているメトロポリタン・オペラだって非営利団体です。

非営利団体である理由は、税制上のメリットがあること、寄付や助成の受け皿として適した組織形態であることによります。

誤解2:アメリカのオーケストラは民間から寄付を集めなければならないから、マーケット志向にならざるを得ない

この見解は、ある意味で正しく、ある意味で間違っています。

マーケット志向イコール大衆迎合的である

これは、公的助成の削減が問題になると必ず出てくる主張、「民間の市場の原理に芸術活動がさらされると、芸術活動の質が低下する」という話です。

アメリカのオーケストラは、どこも“民間”で“市場の原理”にさらされた中で活動していますが、彼らのプログラムが大衆迎合的でしょうか?演奏の質は、行政が助成するヨーロッパのオーケストラに比べて低いでしょうか?

プログラムについては、主要なオーケストラのウェブサイトで彼らの提供している曲目を見れば、「ワールド・プルミエ」「US プルミエ」「コンポーザー・レジデンシー」などの文字が躍り、これらを競い合うかのように取り組んでいることがすぐわかります。これらの新しい作品への取り組みは、行政からの支援で成り立っているヨーロッパのオーケストラに決してひけをとらないし、演奏の質は言わずもがな。コミュニティの人々からの支持を得るために、名曲コンサート的になっているオーケストラは見かけません。

この問題の最右翼が、マイケル・ティルソン・トーマス。彼に対するサンフランシスコの人々からの評価のほとんどは、「みんなの知らない世界(曲目と演奏の解釈の両面において)を提供してくれたことに対する評価」です(ベイエリアの口コミサイト yelp への書き込みを見れば一目瞭然)。

彼らが大衆フレンドリーなのは、芸術面ではなく、それをどう大衆に提供するかの部分です。

例えば、新作であれば作曲家本人を連れてきて、演奏前に観客とコミュニケーションの場を設ける。コンサート前にコンサートの曲に対する情報をこれ以上ないくらい親切に提供するなど。後者のサービスでは、ニューヨーク・フィルが優れており、コンサート1週間前になるとお知らせメールが来て、

  • プレトーク(有料)のご案内
  • コンサートの曲目についてオーケストラ・メンバーが語っている動画(今シーズンから新たに始まったサービス)
  • プログラム・ノートの曲目解説がウェブで見られる

などのメニューが見た目もきれいに提供されるのです。

マーケティング活動がマーケット・インである

これはその通り。このサイトでも彼らの様々なアイディアや取り組みをご紹介しています。

このマーケティングの取り組みということに関しては、日本ではぴあやイープラスなどのサービスが発達したことがあだになったのではないかと私は思っています。

アメリカのオーケストラは、チケットの直販が主ですから、彼らは顧客データを持っている。そのデータを駆使して、様々なウェブ・マーケティングを展開していることとの差は大きい。

監視監督が働く組織

民間で市場原理にさらされながらも、芸術的な質を低下させることなく運営できていることの裏には、そういう組織になっているからという理由もあります。

業務執行(アドミニストレーション、音楽監督、ミュージシャン)と意思決定機関であり監視監督機関である理事会が分化しており、専門分野をもった理事がそれらを生かして、きちんとガバナンスを発揮している。

また顧客・寄付者なども監視の役割を果たしています。

誤解3:民間支援が主だと景気に左右されて不安定である

芸術支援が景気に左右されることは事実であり、避けられないことです。

ただし行政からの助成であっても、ベースが税収ですから景気の影響を受けることに変わりなく、アメリカのように直接民間からの支援を集めることとの違いは、一旦「税」というワンバウンドを経るか、拠出者が拠出先を選ぶ自由度がどのくらいあるかの違いに過ぎないと言えなくもありません。

アメリカのオーケストラはこうした景気変動の影響を受けるという前提で活動しており、必ず基金を確保しています(サンフランシスコ交響楽団の場合で約250百万ドル)。したがって、景気が悪くなってすぐに立ち行かなくなるというようなことは回避されるよう努力しているのです。

広く浅く資金を集める

アメリカには大口寄付をする人がいるから、寄付で成り立つのだ。

これも根強いイメージでしょう。

実際、彼らはどのように資金を集めているのでしょうか?

まず彼らは資金調達にあたり、調達先の安定度に関して、行政、企業、財団の3つを順に安定性の低い(行政が最も安定性が低い)調達先と認識しています。

安定性の高い調達先は、何と言っても個人であり、それもできるだけ多くの人から集めるのを良しとしています(個人の寄付者は、シカゴ響で約15,000人、サンフランシスコで約11,000人)。そもそも法律で税の優遇を受けられる非営利団体になるための要件に、特定の者からの寄付が一定割合を超えてはならないというルールがあり、寄付者が少数の大口先に偏っていてはダメなのです。

企業スポンサーは、オーケストラも支援メリットとして企業名の露出をアピールしていることから目立つのですが、調達に占める割合から見れば、個人寄付よりもずっと少ないのです。

チケット収入では費用の半分しか賄えない

これはヨーロッパでもアメリカでも日本でも、オーケストラは構造的にそうなのだと一般に言われています。

参考までにサンフランシスコ交響楽団でも、総費用のうち、チケット収入で賄われるのは約43%、約40%が公的・民間含めた調達、17%が運用益など基金からの調達という内訳になっています。
(サンフランシスコ交響楽団のウェブサイトより)

ただし、これは様々な教育プログラムKEEPING SCORE、コミュニティへ無料で提供する演奏会・チケット、新作のコミッション料、超ハイクオリティでお金かかってそうなマーラーのレコーディングの費用など全部ひっくるめて、豊かな音楽ライフを提供するのに必要だと言っているので、そうした「何を提供するのか」の部分を捨象して、チケット収入では半分しか賄えない、そういうものだと見るのは危険だと思います。

実際、私がブレゲンツ音楽祭の方の講演会にいったとき、ブレゲンツ音楽祭というのは、湖上のスぺクタクルなオペラの他に、毎年室内で実験的なオペラを上演しているのですが、湖上オペラだけだったらチケット収入だけで賄えると言っていました。

誤解4:アメリカのオーケストラは定期会員で成り立っている

私が最初にサンフランシスコ交響楽団の定期会員が約32,000人いる(日本のオーケストラで一番多いN響が2006年で9857人、オーケストラ連盟の資料より)と知ったとき、チケットセールスに占める定期会員の割合が圧倒的に大きいのだろうと思いました。

でも32,000人がシーズンに5回行ったとして16万人。年間観客動員60万人の26.6%に過ぎません。サンフランシスコ交響楽団の人から話を伺ったときも、「今はスケジュールが固定されるのを嫌う人が多いから」というお答えでした。

彼らのチケットセールスは、シングル・チケットが多くを占めるのです。

ただし、定期会員がロイヤルティの高い優良顧客として重要であることは事実です。実際2007年のアメリカン・オーケストラ・リーグの会議でも、安定性の低いシングル・チケットのお客から定期会員、さらには寄付をしてくれる定期会員に育てていくには、何を提供したらよいのかが議論されていました。

ちなみにサンフランシスコ交響楽団の2008-2009シーズンの定期会員募集のキャッチフレーズは、

Be in Great Company

非常に今の彼らの状態と勢いを象徴していると思います。

誤解5:アメリカのオーケストラは教育プログラムに忙しい

アメリカのオーケストラは、地域に音楽教育を提供していますが、これは本業の公演とは別に行なわれているものです。

サンフランシスコ交響楽団の場合、学校単位で申し込む子どものためのコンサート(入場料5ドル)の参加者が、年間13回のコンサートで約35,000人ですが、これは7日間に一日2回開催と集中して行われます。

小学校に音楽教育をカリキュラムごと無料で提供する Adventure in Music の方は、年間約24,000人の参加者がいますが、こちらは学校の先生にいかに音楽を教育に用いてもらうかに主眼があるので、シンフォニーが提供する約1,000人の先生方への研修や、フォローが大きな位置を占めており、これらを担うのは教育プログラムの専任スタッフです。

5人ずつくらいに分かれたミュージシャンの学校訪問には、もちろんオーケストラ・メンバーも参加していますが、派遣されるミュージシャンは、ジャズやラテン、中国伝統音楽などシンフォニー以外のミュージシャンも広く含みます。【追記】楽団外部のミュージシャンで担われているのが正しい情報です。お詫びして訂正します。

したがって、教育プログラムは組織・系統だったものであり、オーケストラの演奏活動の一環とは区別されています。オーケストラの演奏活動の一環として位置づけられるものは、ファミリー・コンサート(子どもだけでなく家族みんなで楽しめるもの)、サマー・シーズンやホリデイ・シーズンのファミリー向けコンサートなどです。

*オーケストラごと学校訪問したりはしません(コストがかかりすぎる、広く提供できない)。

誤解6:アメリカのオーケストラはグッズの販売などにがんばっている

オーケストラに親しみを持ってもらい、収益につなげるための方策として、グッズの販売などがあげられることが多いですが、アメリカのオーケストラはこの点どうなのでしょう?

私が行った中で、一番オーケストラのグッズを販売していたのは、シンシナティ交響楽団。トレーナーやTシャツなどの種類がたくさんありました。

サンフランシスコ交響楽団の場合、シンフォニー・ストアの品揃えは、シンフォニーのロゴ入りグッズもありますが、それよりもSFS Mediaや出演ゲストのCD、クラシック音楽に関する書籍、一般的に音符や楽器などをモチーフにした商品などが中心。

シンフォニーのロゴが入ったスタジャンやらキャップなどを身につけて実際に出歩いているのは、サンフランシスコでMTTくらいじゃなかろうか?と思います(彼は自分の役割を本能的に理解している)。

ちなみにシカゴ響のシンフォニー・ストアは、音符や楽器をモチーフにした商品の品揃えが世界一ではないでしょうか。ロサンゼルスのLA Phil Storeは、ものすごくハイセンスな空間で楽しいのですが、こちらはアートな建築物であるウォルト・ディズニー・コンサートホールにちなんだ商品が充実。

グッズに関連して、オーケストラのロゴがあらゆる場面で重要なシンボルになっているという点は共通していると思います。サンフランシスコ交響楽団のデイビスホールのロゴ、シカゴ響の「C」のロゴ、ニューヨーク・フィルのピンクの五線のリボンなど。

(2008.11.17)

Tag: 経営

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