MTTの挑戦その3:フレンチ・プログラム
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MTTの挑戦その3:フレンチ・プログラム
ルツェルン音楽祭2010に出演したティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団。最終日はオール・フレンチ・プログラムです(9/13)。
ローマの謝肉祭序曲
1曲目は、ベルリオーズのローマの謝肉祭序曲。
演奏聴く前から、いかにもティルソン・トーマスが得意にしそうと思う曲。シーズン・オープニング・ガラの記事でも書きましたが、KEEPING SCOREの幻想交響曲の延長線上にある解釈で、繊細な表現と輝かしい音で緩急自在に演奏していました。
生き生きとした音楽で、完璧だったと思います。
夏の夜
2曲目は、同じくベルリオーズの歌曲集「夏の夜」。当初スーザン・グラハムが出演予定だったのですが変更になり、サンフランシスコでの公演でも歌った、アメリカ期待のサーシャ・クックが登場。
グラハムを楽しみにしていたので残念ですが、クックは発展途上中ながら健闘。大役を果たしていました。
オーケストラは非常に室内楽的響きで、今回も細かいこだわりに満ちていました。歌と楽器の組み合わせとバランス、表現のアイディアなど。一番印象に残ったアイディアは、
「君なくて」のRaviens, raviens,のところで、歌声が消えてオーケストラの弦が残る表現。一本の線になって消えました。
MTTは、伴奏ものに非常に掘り下げる余地があることを示したいのだと思われます。
優雅で感傷的なワルツ
コンサート後半のプログラムはラヴェル。まずは優雅で感傷的なワルツ。
私はこのコンビでこの曲を聴くのがこれで5回目だったのですが、今までで一番出来が良かったように感じました。
フレンチを集中して取り上げたことで、シナジー効果があったのかもしれません。
ワルツの華やかな部分はもちろん、優雅な部分の表現にも磨きがかかっていました。
ダフニスとクロエ第二組曲
最後の曲は、ダフニスとクロエ第二組曲。これはもう、ラジオ放送で聴いた演奏が素晴らしかったので、とても楽しみにしていました。
今日のMTTは、夏の夜以外は暗譜。
注目の「夜明け」ですが、ピークにもっていくまでの線の描き方が本当にうまい。非常に計算されていたと思います。
そしてピークになったとき、視界がパノラマのように一気に開けて、色が変わる。黄金色なのだけれど、細かくきらきら輝いていて、こういうオーケストラの音を聴いたのは生まれて初めて。
クラシック音楽に関わってきて良かった(涙)という思いがしました。
その後も印象に残るヴィオラの音色や歌い方、フルートのソロも決まり、うまく行き過ぎるくらい順調にことが運び、クライマックスのリズミックな部分は、言わずもがなMTTの真骨頂で、最後も最高に決まってフィニッシュ。
これ以上はない完璧な演奏でした。
サンフランシスコ交響楽団は、コンサートの全4曲で実力をフルに発揮していました。
バッカスの行列
アンコールは、ドリーブのバレエ「シルヴィア」から「バッカスの行列」。
これは彼らお得意のアンコール・ピースですが、彼らの良さがよくわかる曲。
スーパー・コントロールされた輝かしい響きには、本当によくこんなオーケストラを作ったと感嘆するばかり。
夫は、マーラーの千人の録音のとき以来のサンフランシスコ交響楽団だったのですが、今まで私が「SF Symphonyはかなり進歩している。千人のときと比べても随分違う」と言っても全く取り合わなかった(信者耳扱い)のに、
「進歩している。特に弦の進境が著しい。」と言っておりました。
MTT談
昨日サンフランシスコ交響楽団の人たちと偶然同じ列に座り、挨拶したところ、MTTに挨拶に来るよう言われてしまった私。
トーマスに挨拶するのは非常に緊張する上に、私は彼のひねった受け答えに咄嗟に切り返せないため、行くのはパスしたかったのですが、せっかく言ってくれたのに顔を見せないのも、、、ということで、勇気を振り絞って挨拶に行きました。
コンサートが終わると、挨拶の人がたくさん来ます。基本的に誰でも入れて、列について順番が来たら挨拶するというパターン。
行ったら楽屋のドアが閉まっていて、外にたくさんの人が待っていました。しばらくするとドアが開き、中に入るよう言われます。順番を待つ間、部屋の観察をしていましたが、シンプルで飾りもない
ような空間でした。応接セットとグランドピアノがあって、テーブルの上にはスコアが広げてありました。
MTTは衣装のジャケットだけ脱いだ姿で、くたびれた様子はなし。
ヒロエ・ウシオを覚えていました(すばらしい記憶力)。「完璧な演奏でした」と言ったら、「こういう演奏を披露できて誇りに思っている」との返答(今日はひねった受け答えではない。助かった~)。
私はMTTのこの返答は本心だと思います。3日とも全てがチャレンジングな演奏で、かつその全てが実力を発揮できた演奏だったのですから。特にオール・ジャーマン・プログラムとオール・フレンチ・プログラムは、アメリカン・オーケストラが自分たちのジャーマンとフレンチをスーパー・プレイで披露できたという点で、非常に大きな成果。
バーンスタインの時代は、ベルリン・フィルやウィーン・フィルで指揮して成功することがアメリカ人指揮者にとっての成功でした。それがMTTの時代になって、ベルリンやウィーンを目指さなくても、アメリカン・オーケストラで自分たちの音楽を追求することが成功と言えるようになった。これが一世代進んだということなのだと思います。
ティルソン・トーマスは、今夜は帰ってバーンスタインの写真にお線香でもあげたい(?)気分だったのではないでしょうか。
(2010.9.13)