マイケル・ティルソン・トーマス、MTT、マーラー 千人の交響曲

マーラー千人の交響曲レコーディング完全リポート:第1日目

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マーラー「千人の交響曲」レコーディング完全リポート:第1日目

ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団のマーラー・レコーディング・プロジェクト。交響曲の録音の最後を飾るのは、第8番「千人の交響曲」。

今回は、このライブ録音(2008.11.19、21〜23)を完全リポートしようという企画をお届けします。まずは第1日目。

聴く前にここをどう出して来るのか注目していたのは、

  • 流れ流れてだーっと終わる第一部をきっちり構築できるか
  • 第二部個々の合唱やソリストのクオリティを揃えられるか
  • 第二部780小節目(練習番号106)からをどれくらい聴かせてくれるのか
    の3点です。

注)練習番号は、音楽の友社のミニチュア・スコアの番号です。それしか手許にないのであしからず。

開始1時間前から30分のプレトーク

どうでもいいような話でした。スピーカー(SFSのプログラム・ノートの曲目解説を書いているジェームズ・ケラー氏)が終了時間が来てもまだ第一部の話をしていたので、あなたが話しするよりも、セッティングに移った方がいいと思っていたところ、本人もそう思ったみたいで終了。

録音のセッティング

ホール天井からものすごい本数のマイクが下がっています(数えようとトライしたが、反響板をつるす線もあり多すぎて断念)。ホールの天井は高いので、ケーブルがとんでもなく長い。歌手の前には、床からセッティングしたマイクもあります。さらに舞台の左右にクレーンみたいなバーを2本通してマイクが固定されており、ものものしい雰囲気。

今日は舞台の端ギリギリに指揮台がきているので、転落防止バーがありました(MTTは動くので普段は使わないのです)。

最初にゼネラルマネージャーのキーザー氏より、録音するので、客席の音がとても響くことから協力してほしいとのお願いがありました。

コンマスに続き、歌手とMTT登場。スタンバイするMTT、今日はピリピリモードらしい。

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【追記】何でピリピリモードだと思ったかというと、スタンバイして腕を上げてから、最初の音を振り下ろすまでにいつもよりも時間がかかり、思いきるまでに何度もタイミングを探しているようだったから。
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第一部

音が鳴り始めたときの第一印象は、「デッドだ」というもの。今日の席は、天井がかぶっている場所(Premir 1st Tier のFカテゴリー。3階の一番後ろの列。デイビスホールの2階は列が少ないので、3階と言ってもそれほど遠くはない)だったから、そのせいかもしれません。

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【追記】2日目以降デッドには聴こえなかったので、やはり席のせいだと思われます。
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第一部は、まあ手堅くまとめたといったところでしょうか。いつものティルソン・トーマスらしく、いろいろやろうとしていることが伝わってくる演奏でしたし、流される感は全然なくて、やはりコントロールが効いていました。強く印象に残っているところは、特にないのですが、Hostem repellas, hostem の stem のスフォルツァンドを決めていて、やってるやってると思いました。

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【追記】2日目以降 stem は特に強調していませんでした。
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今日の第一部の課題はトランペット。今シーズンよりセカンドからトップになったジャズ・トランペッターでもあるマーク・イノウエが肝心なところで高音が汚い。彼はニュー・ワールド出身の30台前半くらいの方なのですが、プレッシャーが大きいみたいで、ニューヨークでもプロコフィエフの5番の1楽章の音が高く跳躍するところで2回くらいスカってました(と小姑みたいに覚えている私も何だが)。肝心なところで失敗すると、他のところでも高音が来ると探りながら出したり、恐怖感からピアノなのに音を当てたりしてしまうのです。その気持ちは死ぬほどよくわかりますが、それでも残りのコンサートはがんばって持ち直してほしいです。

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【追記】これは完全にメンタル・イメージの問題だと思います。MTTも気にしていたみたいでしたが、彼が目立つ箇所で入る前にイメージを引き出すゼスチュアをしたところでは、きれいに出ていました。
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第二部

第二部は、冒頭のオーケストラだけの部分をどう聴かせるのか?MTTらしさを出せるのか?ここにまずは注目なわけですが、特に目立ったところはなし。冒頭からの部分が終結する Ehren
geweiten Ort, Heiligen Liebeshort が練り上げてあって、とてもきれいでした(天上から降ってくるみたいに聴こえた)。

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【追記】冒頭の部分は、ディテールの作り込みがとことんなされており、後から思い出すと初日からそうであったと思うのですが、初日は個々のパーツがまだ独立して聴こえ、全体への統合の点で今一歩だったと思います。
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プレッシャー

一方で、ここは静かな音楽が続くため、奏者にも静かにしていろと言われた客席にもプレッシャーがかかる。最初に平穏をやぶったのは、ホルンだったように思います。

30小節目からのホルンのハーモニーが主和音に解決するところで、ホルン首席が吹くべき根音が抜けました(たぶんきれいに出ないという咄嗟の判断で吹かなかったのだと思う)。

そうこうしていると、音が何もない休符が続くところで、

「ハックション!!」

静寂をいとも簡単に突き破るじいさんのくしゃみ。その瞬間客席にどよめきが起き、それはそれでうるさいというアメリカっぽい展開に。

しばらくしてまた大きな咳が別の場所で起きたとき、MTTはふり返ってにらみつけていました。よけいなことしながらでも指揮できるスキルにも驚きましたが、MTTなんて普段からただでさえ、

「おまえら静かに聴いてろよ」

というプレッシャーを背中からかけてきてコワイのに、にらまれた人は気の毒。今日の私の席は上の階で列が少なく、ドアにすぐたどり着けたので、咳が出そうな人は途中で外に出ていたみたいですが、オーケストラフロアは人が多いし、ドアも遠いから出て行くのも無理。ライブ録音だから静かにというのは、オーケストラ側の一方的な都合だし、どんなに気をつけてもある程度は仕方ないと思いますが、せめてトゥッティまでがまんするくらいは協力してしかるべきなのかなと思います。あんなに言っているのだから。

ありえない!

でも本日最大のアクシデントは、児童合唱がまるまる落ちたこと。1141小節目(練習番号155)Er uberwachst uns schon〜(ウムラウトつけて読んでください)の前に来たとき、子どもたちが立たないから、ここだけ座って歌うのかな?と思っていたら、オーケストラだけしか聴こえないカラオケ状態に。

MTTも一瞬どうしたらいいのか思いつかなかったみたいで、キョロキョロしてるし。

合唱の人たちは合唱パートしか練習しないから、そこが曲全体の中でどの部分なのかという把握が弱かったことと、暗譜だったためにリーダーの子がうっかりしてしまったのでしょう。夫が見ていた限りでは、児童合唱の前にきたとき、ティルソン・トーマスはちゃんとそちらに目を配っていたようなのですが、子どもたちには通用しなかったらしい。

MTTの采配

ミスの話が続きましたが、特筆すべき点もあります。ファンの方は皆さん気になると思うのですが、780小節からの部分、これぞMTT&SFSという練り上げと歌い方でした。すごくテンポをゆったりとっていて、ハープも一音一音非常に粒立てていたのですが、本当にきれいでした。

ティルソン・トーマスは780小節に入る前の二重線で一回切ってから入っていました。ちなみに1249小節 (練習番号172)komm の前でも切っていました(他にもあった)。帰り道ホールから駅へ向かう途中で、夫とあそこがこうだった、ああだったという話をしていたとき、「切りすぎだ」という見解で盛り上がり、ホールに引き返して、MTTに「切りすぎだから考え直した方がいい」と言って来る?と話したほど。

神秘の合唱の出は、音量がわりと大きく感じられました。音量落とそうとしてやせた声になってしまうケースもよく見るので、判断難しいと思います。Das Unbeschreibliche の「シュ」はもう少しきれいに決めてほしかった。1506小節トゥッティに入る前は、第二コーラスを切らずに鳴らしていました。

次につなげるしかない

全体を通した感想は、昨年大地の歌をやったときは、前のシーズンから何度もマーラーを取り上げていた環境だったのに対し、今回は大地の歌以来のマーラーということもあり、マーラーの語り口みたいなもののレベルが落ちていることは否めないように感じました(あの完成度には瞬間風速的側面がある)。

しかしながら、今回歌手を8人ばっちり揃えることができており、その点では大きな成果を狙えるのだと思います。

今日の反省をふまえ、残り3回で完成度を上げていくしかない。

オーケストラと合唱、ソリストの皆さんには、とにかくがんばれと、MTTには、今回も果敢に攻めてきたということはよくわかったけれども、それでも「頭冷やせ」と言いたいです。

明日は公演がなく、一日お休みも入るし。

それにしても今日のハプニングというか、トラブルというか。ライブ録音は演奏する方も聴く方も本当に大変。そもそも応援モードなために、安心して聴けないこと甚だしい。完成品だけ聴いているのとはえらい違いでした。

ピリピリモードのMTTでしたが、エピソードが一つ。最後カーテンコールのとき、ソプラノの Erin Wall のドレスにお引きずりがあったのですが、スペースが狭くてさばきずらそうにしていたところ、MTTは裾を両手で持ち上げて後ろにトコトコ従っていました(途中からほとんどスカートめくりになっていた)。

(2008.11.19)

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【追記】
何でこんなに客席の物音にこだわるかと言うと、多分PCM方式のマイクは、各奏者の近くにセットされているので大した問題ではなく、本数が限られ、全体の音を録っているDSD方式のマイクが超高性能で客席の音も拾ってしまうのだと思われます。しかも彼らは、距離を置いたところの音も録るため、オーケストラ・フロアの前3分の1位の上にもマイクがあったのです(!)これでは当然客席の音も拾う訳です。
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【他の日のレビューへ】
コンサート第1日目
コンサート第2日目
コンサート第3日目
コンサート最終日

キャスト・全体の配置などのデータ

 

おまけ:MTTのにらみつけの話

ティルソン・トーマスは過去、カーネギーでも肝心なところで鳴ったケイタイの着信音に振り返ってにらみつけたことがあるそう。マイアミに至っては、客席に向かって、

「あなたたちは舞台の音がよく聴こえるでしょう?それと同じように私もあなたたちの出す音がよく聴こえるのです。」

と説教したとか。さらに南国につき、開演時間になってもだらだらと席に着くまでに時間がかかる土地柄にもキレ、皆が席に着かないうちにさっさと出てきて、

「時間が来たら始めます!」

と言ったこともあるそう。確かにマイアミは、何で席に着くのにこんなに時間がかかるのか?と日本人の私から見ると不思議でしたが、カリフォルニアンから見ても同じらしい。

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