ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の9番
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ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の9番
ウィーン芸術週間に参加したティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団。最後のコンサートはマーラーの交響曲第9番。
過去の経緯などから察すると、9番はティルソン・トーマスの認識として得意曲という位置づけのよう。
今日の演奏に関して最初に、総じて演奏レベルは高く、この域に達することは容易ではないこと、誰にでもできることではないということをことわった上で、以下のことを感じました。
1楽章、テンポはCDより遅かったです。薫り立つような感じはなく、全般的に音が遠くで鳴っていて、音楽が届いてこないように私は感じました。
ティルソン・トーマスは、絶好調の日と比較すると低テンションに見えました。構成上押さえているのかな?とも思いましたが。したがって、力で押すようなこともなし。
彼らの9番の録音は、SACDを高解像度で再生すると、1楽章のフルート・ソロの最高音(C)がやっと鳴っているような音で入っているのですが、今日は余裕たっぷりで吹いていました。同じ人が演奏しているはずで、だったら何でCDはああなのかという気もしますが、ともかくうまく行って良かった。
2楽章、3拍子の舞踊の感じはよく出ていました。次の3楽章も特に大きな粗は感じませんでしたが、私は2・3楽章はつまらないと思いました。練り上げ度が足りず、いつものMTTらしい冴えがない(ちなみに夫は、アンサンブルの精度、バランス、安定度が低いと感じたそう)。
このまま行くのかと思ったのですが、4楽章は良かったです。
彼らが16年かけて作り上げてきたサンフランシスコらしい弦の透明感と深い響きが余すところなく生かされていました。
そして終末の部分。かすかな響きと休符の緊張感がものすごかった。すべてのことから解放され、凪のような情景が広がって、非常にピュア。人が死ぬときってこういう感じなのかもしれないと思いました。
客席も物音なく静か。演奏後アバドのように何分もそのままということはありませんでしたが(MTTが手を下したこともあって)、静寂が広がっていました。
1~3楽章について(彼らに対する期待値が高いことによる)注文はあるものの、4楽章が良かったので、終わりよければすべて良しかなと思いました。観客もこの4日で(この日が彼らのレジデンシー最終日だったことにもよるのかもしれませんが)一番沸いていました。
終演後MTTは不機嫌だった
終演後、ティルソン・トーマスに挨拶に行きましたが、場の空気に触れたとたん、
おっと、トーマスは不機嫌だ。これはとっとと退散すべし
とアラーム点灯。簡単な挨拶で失礼してきました(何かうわの空でプイっとしている様子)。
それにしてもトーマスは上機嫌なときと、そうでないときの落差がものすごい。
今日は元から不機嫌だったのか、演奏の出来で不機嫌になったのかは定かではありませんが、昨日のシンポジウムでは普通だったから、この1日でトーマスの気分を盛り下げる何かがあったのでしょう。
後で思い返してみるに、私なんかはいつも「今日のトーマスは○△□だった」などと言っていますが、彼は他人以上に演奏についてシビアに自己評価をしているのかもしれません。もう感覚が麻痺して強気で押し通せる指揮者もいるでしょうけれど、トーマスはそうではない上にそれが気分になって外に出る。らしいと言うか、わかりやすいと言うか。
今日面白かったのは、サンフランシスコ交響楽団の人たちは、トーマスの不機嫌をかわす術を身につけているらしいということ。そしてそんなことにお構いなく、ものすごいスピードでロジスティクス隊による撤収作業(ウィーンでの最終公演だったから)が進んでいく。なんかここはすごいところだなと思いました。
エピソードを1つ。MTTの部屋の前で待っていたとき、トーマス・ハンプソンも来ていて、サンフランシスコ交響楽団の人が、「こちら、MTTとSFSについてbloggingしてくれているミズ・ウシオ」と紹介してくれたところ、「そう、それはどうもありがとう」とお礼を言われました。彼の認識では、自分はSFSファミリーの一員なのか?いずれにしても丁寧でびっくり。
彼はいつ見ても安定した印象だし、私でさえもこれまでに彼が人のコンサートを聴きに来ているのに何度も出くわしているくらいだから、相当行っているのでしょう。スターでそういうことする人は少ないと思います。SFSのメンバーそれぞれとも知り合いみたいで、
「今何してるの?」
「ニューヨーク・フィルハーモニックとツアー中」
などと会話していました。
総括
ウィーンの4公演を聴いて総括すると、彼らのパラダイムが違う音楽をウィーンで披露するという目的は十分達せられていたと思います。
ただやはりホームとは違うコンサートホールで演奏することは難しいということ。そして圧倒的なマーラー演奏というのは、容易にはなしえないのだと思いました。ティルソン・トーマスは今年前半に多忙を極めていたので、もっと時間があれば違っていたのではないでしょうか。6・9番は練り上げと準備が足りていなかったと私は思います(練り上げこそがティルソン・トーマスの演奏から感じるインスピレーションの源泉であり、準備がきっちりなされて初めてMTTはリスク・テーキングに踏み込むから)。
来日情報
2012年11月にティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団が来日するという情報について確認しました。
サントリーホールで1公演、東京文化会館(?都民劇場の枠なのか?)で1公演とのこと。
アジアツアーで、中国、香港、(シンガポールも言っていたかもしれない。とにかく結構国数があった)、韓国、最後が日本。
ウィーンでのティルソン・トーマスのシンポジウムは非常に面白かったが、日本でも同様のイベントを開催する予定はないのか?と聞いてみたところ、(韓国から日程が連続するようで)リハーサル時間との兼ね合いがあること、日本だと通訳が必要になることがネックだと言われてしまいました。
確かに、トーマス語を意図とニュアンスを汲みつつその場で適切な日本語に置き換えることは至難。直訳すると、頭が軽く見えるかつまらなくなるかのどちらかになりそうだ。
(2011.5.25)
追記:サンフランシスコ交響楽団のウィーン公演で録音していたのは、ベートーヴェンの日とマーラー9番。