サンフランシスコ交響楽団のオール・サンフランシスコ・コンサート
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サンフランシスコ交響楽団のオール・サンフランシスコ・コンサート
サンフランシスコ交響楽団の創立100周年シーズンのオープニング週間、その最後を飾るのは、オール・サンフランシスコ・コンサート。
これは何かというと、サンフランシスコで様々な社会奉仕活動に従事するコミュニティの皆さんを招待するコンサート(無料ではなく、チケット10ドル程度)。デイビスホールが出来たときから毎年ウェルス・ファーゴがスポンサーになって開催、今年でなんと32回目。すごい。
このコンサートのために、サンフランシスコ交響楽団のボランティア・カウンシルではコミッティーを結成、招待するグループの選定はじめ、コンサート実現までの実務を担いました。今年参加したグループは85。リストを見ると本当に多様。医療をはじめ、住宅のお世話をするグループ、観光ガイドのボランティア、芸術家を支援する法律家のグループ等々。
私はコンサートがどんなものか知るために特別に入れていただいたのですが、客席にはいつにも増して年齢や人種のバラエティに富んだ人々がいました。英語以外の言語も激しく飛び交う。
コンサートのプログラムは、基本はシーズン・オープニングのガラと同じなのですが、ソリストが違います。
ステージ両脇に星条旗とカリフォルニア州の旗が飾られる中、まずはナショナル・アンセム斉唱。3日続けてのナショナル・アンセムでしたが、今日の席は舞台に比較的近かったので、指揮者がよく見えた。客席向いて威勢よく指揮するMTT。あらためて君が代のメンタリティとはまるで違うことを感じました。
コンサート開始
今日は9月11日に直近のコンサートであったことから、犠牲者を偲んで、コンサートの最初にグリークの「最後の春」を演奏。弦だけで奏でられる曲だったのですが、美しかった。メロディの歌い上げもMTT/SFSワールド。
2曲目はコープランドの「ビリー・ザ・キッド」バレエ組曲。ティンパニの深い響きがとりわけ印象的でした。オープン・プレイリーは出だしよりも、最後に戻ってきた2回目の方が金管の響きがまとまっていました。ウォーミング・アップの差?
注目の若手ピアニストの聴き比べは?
続いて、リストのピアノ協奏曲第1番。昨日までのソリストはラン・ランでしたが、今日はハオチェン・チャン。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで辻井さんと一位を分け合った中国の将来を期待されるピアニスト。吉原真里さんのクライバーン・コンクールの本でインタビューを読み、その賢さに感心して以来、ずっと聴いてみたいと思っていました。
さらに、彼はラン・ランと同じカーチス音楽院でこれまた同じゲーリー・グラフマンに師事したというバックグラウンドの持ち主。この二人が弾く同じ曲を同じオーケストラと指揮者で続けて聴けるなんて、またとないチャンス。
私はコンクールのビデオもちらっと見ただけだったので、白紙の状態で聴いたのですが、ラン・ランとはまた違う個性で、チャンも彼の世界がある。
少し手首の位置が低く、脱力がされ切っていない感じなので、音が固い。それで連打のところを下に押し込むから、かなり刺さるような音でした。この手首でこれだけ弾けるというのは、さぞかしド根性の練習を重ねてきたのだろうなあと演奏を聴きながらつらつら考えていたところ、2楽章のピアノだけのところで、トーマスがぐるりとピアノの方を振り返って見ている。何かな?と思ったら、
わかんなくなっちゃってる!?
チャンは止まりはせず、わかるところから続けていましたが、何小節かすっとばしていたと思います(私は細かいところまで曲を覚えていなかったのですが、そういう曲ではなかったと思う)。
そこからはもう頭が真っ白だったのでしょう。自分が弾くのに一杯いっぱい。オーケストラにお構いなしに弾くから激しくズレて、トーマスが合わせようとピアノの方を向いて大きく振っても、目に入らない。
結局、彼は最後まで自分に没入して演奏を終えました。
私はチャンの何が問題かと言えば、途中でわからなくなったことよりも、トーマスの音楽づくりにおいて、どの要素が重要かということへの理解が足りていなかったことだと思います。
彼にはリハーサルなどの機会があったのでしょうか?いきなりに近い形で弾かされたのだとしたら気の毒だけど、トーマスには独特のテンポ感や価値観があるのはCDでもDVDでも聴けばすぐわかるのだから、チャンはその準備を厭うべきではなかったのだと思います。
彼が貴重なチャンスをものにできなかったことは残念だけど、これにめげずにがんばってほしいです。
1742年製ガルネリ・デル・ジェス
コンサートの後半は、コンサートマスターのアレクサンダー・バランチックをソリストに、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。
登場した姿が若々しかったので、一瞬誰が出てきたのかと思いました。
彼が使用している楽器は、1742年製のガルネリ・デル・ジェス。この曲の初演のときに使われ、ヤッシャ・ハイフェッツが愛用していたという名器。サンフランシスコ交響楽団の100年史を読むと、彼がこの楽器を使えるようになったいきさつにはドラマがある。一人の女性が尽力してこぎつけたのです。あまりの貢献の大きさに、トーマスはお礼に彼女の名前からとった曲を書いて、オーケストラが演奏してプレゼントしたというくらい。
演奏は、最初すっごく緊張しているのが伝わってきてハラハラしたのですが、1楽章の途中から安定してきて、素晴らしい音楽を聴かせてくれました。彼は人柄なのでしょうが、ソリストとして活動している人だったら派手に弾き飛ばすようなところも、全部丁寧に弾く。
音も表現も多彩で、たっぷり聴かせる演奏でした。そして楽器が持つ音色が、おそらく世界で数本に入るレベル。私は今日ほどヴァイオリンの楽器の力を感じたことはなかったように感じました。うまく言葉で表現できないのですが、聴いたことがないようなパーソナリティを感じさせる響きでした。
演奏が終わったとき、オーケストラ・メンバーがバランチックを称えていましたが、トーマスも拍手しながら足を踏み鳴らして最大級の敬意。サーシャ/MTT運命共同体コンビの面目躍如の演奏で良かった。
最後はブリテン
コンサートの最後は、ブリテンの青少年のための管弦楽入門。バランチックの演奏でオーケストラのボルテージがあがり、そのまま最後まで駆け抜けた感じでした。
どのパートも非常にハイレベルな仕上がり。CD出せばいいのにというくらい(DVDは出る)。
終わってみれば、すごく良いコンサートだったと思います。
今日はデジタル・アートがなかったので、ガラを聴けて本当に良かった(私はガラをシングルチケットで買おうと軽く考えていたところ、売りが出なかった。コンサートの1週間前にダメモトで電話したら、ちょうどリターンチケットが出たところで買えたのでした)。
(2011.9.9)